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新約聖書

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説明: ユダヤ・キリスト教学者たちによる、新約聖書の保護と信頼性に関する主張の概観。

  • より ローレンス・B・ブラウン博士
  • 掲載日時 04 Oct 2010
  • 編集日時 01 Jul 2018
  • プリント数: 187
  • 観覧数: 7752 (日平均: 3)
  • 評価: 4 から 5
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双方はバイブルを朝に夕に読んだ

しかし汝は黒を読み、私は白を読む

                              —William Blake, The Everlasting

ウィリアム・ブレイク、永遠の福音

福音書

もちろん、上に引用したブレイクの情操に、とりわけ新しいものは何もありません。新約聖書には、目もくらむ程の様々な解釈、信条、宗教を生み出すに十分な矛盾があり、それら全てはバイブルが基礎であると主張されています。私たちはある作者による興味深い観察を見い出すことが出来ます:

あなたには出来るが、いや出来ない。

あなたはそうするだろうが、そうしないだろう。

あなたはそのつもりだろうが、そのつもりではない。

あなたがそうすれば、呪われるであろう。

あなたはそうせずとも、呪われるであろう。1

観点におけるこのような不一致はどこから生じるのでしょうか?まず異なる神学派は、どの本がバイブルに含まれるべきかで相反します。ある宗派で外典のものは、別の宗派では啓典とされるのです。次に、たとえ啓典と認定された本であっても、多くの相違した原典は統一性を欠いています。統一性の欠如が極めて遍在的であるため、 The Interpreter’s Dictionary of the Bible(翻訳者によるバイブル辞典)ではこのように述べられています:「新約聖書には、原本の写本から完全に統一された文は一つもない、と言っておいた方がよいだろう。2

一つもない?私たちはバイブルの文を一つたりとも信用することが出来ないのでしょうか?これは信じ難いことです。

恐らく

事実として、新約聖書は5,700ものギリシャ語の写本が完全な、または部分的な形で存在しています。3更に、「これらの写本には、詳細に渡り同一なものが一例も存在しません…そしてこれらの一部は、著しく相違しているのです。」4およそ一万にわたるラテン語ウルガタ聖書、それに加えその他多くの古来の異文(古代シリア語、コプト語、アルメニア語、グルジア語、エチオピア語、ヌビア語、ゴート語、スラブ語)を合わせれば、一体どれほどの量になるのでしょうか?

多くの写本

多くの写本はその内容が一致せず、そこにはしばしば矛盾が見出だされます。一部の学者たちはそれが数万冊にのぼると推定しており、更に一部ではそれら異なる写本は40万冊に達するとされています。5  は有名となったバート・イーアマンの次の発言があります:「比較の表現を使えば、恐らく最も容易であろう:我々の写本における相違は、新約聖書の語数よりも多いのである。」6

なぜこのようなことが起こったのか?

貧弱な史実管理の体制。不誠実または無能力によるもの。教義上の偏見から来るもの。原因はいくらでもあります。

初期キリスト教における原本の写本は、一つとして残存していません。7/8もっとも古い完全な写本(ヴァチカン写本番号1209、古代シリア語シナイ写本)は4世紀のもの、つまりイエスの使命から300年後のものです。しかし原本自体は失われており、原本の写本もまた同様なのです。すなわち別の言い方をすれば、最も古来の写本は、いくつあるかさえも誰一人分からない原本コピーの、コピーの、コピーの、更にまたコピーなのです。

彼らの相違は驚くに値せず

それが相応しい者たちの手中にあったとしても、間違いをコピーしてしまう可能性は排除出来ません。しかしながら、新約聖書の写本は、相応しい者たちの手中にはなかったのです。キリスト教初期において、写本筆写者たちは訓練されておらず、信頼性が薄い上に無能であり、一部のケースでは読み書きの出来ない文盲だったことが分かっています。9視覚に障害のある人々は、似たような文字や単語に関して間違ってしまった場合があり、聴覚に障害のある場合、啓典の記録に関して朗読を書き取る際に間違ったかも知れません。写本筆写者は苛酷な作業による過労からの間違いもたびたび犯しがちだったのです。

メッツガーとイーアマンの言葉を借りれば、「彼ら(筆写者)の大半はたとえ全員ではないとしても複写術における素人だったため、複製の過程でも、テキスト内に比較的多数の過ちが入り込んだことに疑いの余地はないのである。」10更に悪いことに、一部の筆写者らは啓典の伝達過程において、自らの教義的な偏見による影響を反映させました。11イーアマンは述べています:「テキストを複写した筆写者らは、その内容を改竄したのだ。」12更に特定すれば:「教義上の動機による意図的な改変の全体数は、その査定が困難なほどである。」13そして更に特定すれば:「テキスト批評における技術的な言い回しをするのであれば、筆写者らは神学的な理由からそれらのテキストを改竄したのである。14

誤りは、追加・削除・代用・修正などの形をとって入り込み、最も一般的なものは単語や文節でしたが、時には複数の節々がまるごと改変されたのです。15/16事実、「おびただしい数の変更と追加がテキストに対してなされたのである。」17そしてその結果、「新約聖書において知られる全ての証人は、多かれ少なかれ混合テキストであり、更には最も初期の写本ですら、実に酷い誤りから自由ではないのである。18

イーアマンはMisquoting Jesus(イエスの誤引用)において、姦通したとされる女性の物語(ヨハネの福音書7:538:21)とマルコの福音書の最後の12節は、元来の福音書にはないものであり、後世の筆写者によって付け加えられたものであるという説得力のある根拠を提示しました。19更に、これらの例は「筆写者による何千ヶ所もの新約聖書写本における改変の内、ただの二ヶ所を代表しているだけなのである。」20

事実、バイブルの全編には手が加えられています。21これは必ずしもその内容が間違っていることを意味しませんが、もちろん、それが正しいことも意味しません。では、具体的にはどの書が捏造されたものなのでしょうか?エペソ人への手紙、コロサイ人への手紙、第二テサロニケ人への手紙、第一、第二テモテ人への手紙、テトスへの手紙、第一、第二ペテロへの手紙、そしてユダへの手紙といった、27巻の新約聖書と使徒書簡の内の9巻が、程度の差こそあれ疑わしいとされているのです。22

バイブルの中の捏造された書?

なぜこういった事実は驚くべきことでもないのでしょうか?結局、福音書はその著者すら知られていないからです。事実、彼らは匿名なのです。23バイブル学者らは滅多に福音の著者をマタイ、マルコ、ルカ、あるいはヨハネらに帰しません。イーアマンによると、「今日の学者らの大半は、これらの身元鑑定を放棄し、これらの書を著したのは不明であるが一世紀半ばの教養あるギリシャ語話者(かつ筆者)のキリスト教徒であると見なしているのである。」24  グラハム・スタントンは断言します:「福音書はギリシャ・ローマの大半の書物と違い、著者不明である。著者の名として冒頭に出されているもの(「…による福音書」)は元来の写本には存在しておらず、それらは二世紀初頭に付け加えられたものなのである。25

では、イエスの弟子たちは、福音書の認定に関わっていたのでしょうか?私たちの知る限り、それは殆ど、もしくは全く無かったということになります。しかし、彼らがバイブルの書物を認定したことに関して私たちが信ずるに値する根拠は何一つないのです。第一に、マルコはペテロの従者であり、ルカはパウロの仲間であったことを思い出してください。ルカ伝6:1416とマタイ伝102–4では、12使徒の名が列記されます。これらは特定の二人の名に関して相反しますが、マルコとルカの名に関してはどちらのリストにも含まれていません。どのみち、大まかに言って近代学者らは彼らが著者として失格であるとしているのです。

それはなぜなのか

ヨハネはその二人より有名なのに、私たちはなぜ彼が「ヨハネによる福音書」を認定したことに関して失格の烙印を押さねばならないのでしょうか?

それは彼が存命していなかったから?

複数の情報源は、二世紀の著者による証言以外、使徒ヨハネが実際に「ヨハネによる福音書」の著者だったということを示唆する根拠は何もないとします。26/27恐らく最も説得力のある論駁は、使徒ヨハネは西暦98年頃に死んだとされるものです。28しかし、「ヨハネによる福音書」はおよそ西暦110年に書かれたものなのです。29したがってルカ(パウロの仲間)、マルコ(ペトロの従者)、そしてヨハネ(不明の人物ですが、それ以前に死んでいる人物ではないことは確かです)が誰だったのであれ、福音書を著したのがイエスの弟子たちであるということを私たちが信じるべき要素は全く何もないのです。

 

Copyright © 2007 Laurence B. Brown; used by permission.

上記はブラウン博士の近刊書である MisGod’ed からの抄録です。以上は続編である God’ed と共に近日発行予定となっています。両書はブラウン博士のホームページ( www.LevelTruth.com)でサンプルを読むことが出来ます。ブラウン博士とは、BrownL38@yahoo.com から連絡を取ることが出来ます。



Footnotes:

1 Dow, Lorenzo. Reflections on the Love of God.

2 Buttrick, George Arthur (Ed.). 1962 (1996 Print). The Interpreter’s Dictionary of the Bible. Volume 4. Nashville: Abingdon Press. pp. 594-595 (Under Text, NT).

3 Ehrman, Bart D. Misquoting Jesus. P. 88.

4 Ehrman, Bart D. Lost Christianities. P. 78.

5 Ehrman, Bart D. Misquoting Jesus. P. 89.

6 Ehrman, Bart D. The New Testament: A Historical Introduction to the Early Christian Writings. P. 12.

7 hrman, Bart D. Lost Christianities. P. 49.

8 Metzger, Bruce M. A Textual Commentary on the Greek New Testament. Introduction, p. 1.

9 Ehrman, Bart D. Lost Christianities and Misquoting Jesus.

10Metzger, Bruce M. and Ehrman, Bart D. The Text of the New Testament: Its Transmission, Corruption, and Restoration. P. 275.

11Ehrman, Bart D. Lost Christianities. Pp. 49, 217, 219-220.

12 Ehrman, Bart D. Lost Christianities. P. 219.

13Metzger, Bruce M. and Ehrman, Bart D. The Text of the New Testament: Its Transmission, Corruption, and Restoration. P. 265. See also Ehrman, Orthodox Corruption of Scripture.

14Ehrman, Bart D. 1993. The Orthodox Corruption of Scripture. Oxford University Press. P. xii.

15Ehrman, Bart D. Lost Christianities. P. 220.

16Metzger, Bruce M. A Textual Commentary on the Greek New Testament. Introduction, p. 3

17Metzger, Bruce M. A Textual Commentary on the Greek New Testament. Introduction, p. 10.

18Metzger, Bruce M. and Ehrman, Bart D. The Text of the New Testament: Its Transmission, Corruption, and Restoration. P. 343.

19 Ehrman, Bart D. Misquoting Jesus. Pp. 62-69

20Ehrman, Bart D. Misquoting Jesus. P. 68.

21 Ehrman, Bart D. Lost Christianities. Pp. 9-11, 30, 235-6.

22 Ehrman, Bart D. Lost Christianities. P. 235.

23 Ehrman, Bart D. Lost Christianities. P. 3, 235. Also, see Ehrman, Bart D. The New Testament: A Historical Introduction to the Early Christian Writings. P. 49.

24 Ehrman, Bart D. Lost Christianities. P. 235.

25Stanton, Graham N. p. 19.

26 Kee, Howard Clark (Notes and References by). 1993. The Cambridge Annotated Study Bible, New Revised Standard Version. Cambridge University Press. Introduction to gospel of ‘John.’

27 Butler, Trent C. (General Editor). Holman Bible Dictionary. Nashville: Holman Bible Publishers. Under ‘John, the Gospel of’

28 Easton, M. G., M.A., D.D. Easton’s Bible Dictionary. Nashville: Thomas Nelson Publishers. Under ‘John the Apostle.’

29 Goodspeed, Edgar J. 1946. How to Read the Bible. The John C. Winston Company. p. 227.

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