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三位一体論を発明したのは誰なのか(前半)

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説明: キリスト教の教義に三位一体論が導入された経緯について。

  • より アーイシャ・ブラウン
  • 掲載日時 09 Feb 2015
  • 編集日時 27 Nov 2016
  • プリント数: 15
  • 観覧数: 4300 (日平均: 6)
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キリスト教における三位一体論の根拠とは何なのか

ユダヤ教、キリスト教、イスラームの3大一神教は、いずれも同一の基本的概念を共有しています。それは、神が至高の存在であり、かつ宇宙の創造者・維持者であるということです。それはイスラームにおいて「タウヒード」として知られているもので、神の唯一性はモーゼの「シェマ」、つまりユダヤ教の信仰教義によっても強調されています。

 “聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。”(申命記64

それは、およそ1500年後に、そのままイエスによって復唱されています。彼はこう述べました。

 “…第一のいましめはこれである、「聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。”(マルコ1229)

ムハンマドはさらにその約600年後に現れ、同一の教えをもたらしました。

 “あなたがたの神は唯一の神である。かれの外に神はない…”(クルアーン2:163)

しかしながら4世紀になると、キリスト教では神の唯一性の概念が曖昧で謎めいた教義に置き換えられてしまいました。今現在もキリスト教の内外で論議を巻き起こしているその教義は、「三位一体」と呼ばれています。キリスト教の教義である三位一体を簡単に説明すると、神は父、子、聖霊の三位格を併せ持つ一人の神であるとされています。

もし簡潔に述べられたその概念が混乱させるものに見えるのであれば、美辞麗句を連ねた教義のテキストはその混乱にさらに拍車をかけます。

 “…惟一の神に三位あり…三位は一体なり…父一位・子一位・聖霊一位なり…されど三つの神にあらず。惟一つの神なり三位は皆倶に等しきなり…救われんと願うものは三位一体をかくの如く思わざるべからず…”(アタナシオス信条からの抜粋)

これを別の形で表してみましょう。父としての神、子としての神、聖霊としての神を足して合わせて一位格になるということは、1+1+11ということになるのです。

この教義を体系化したとされるアタナシオスという司教は、この件について書けば書く程、彼は自らの思想を明確にすることが出来なくなったと告白しています。

このような混乱した教義はどのようにして始まったのでしょうか。

バイブルにおける三位一体

バイブルにおける三位一体についての言及は、ひいき目に見ても漠然としたものです。

マタイ28:19において、イエスは弟子たちに全世界に布教をするよう告げています。この「大いなる任務」では、実際に後に三位一体を構成することになる三位格について言及されてはいますが、「…彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け…」という部分は、明らかにバイブルのテキストへの追加であり、それは以下の2つの要素からも分かるように、イエスの実際の言葉ではありません。

1)初期教会における洗礼は、パウロが書簡のなかでも述べているように、イエスのみの名において行われていました。

2)また「大いなる任務」は最初の福音書であるマルコのものにおいて見い出すことが出来ますが、父・子・聖霊についての言及はありません(マルコ16:15)。

他に三位一体について言及されている唯一のものは、第一ヨハネ5:7においてです。しかし、現代バイブル学者たちは以下のフレーズについて:

 “…証しするのは三者であり、それは父と御言葉と聖霊である。そして、この三つのものは一致する。

…間違いなくバイブルのテキストに施された「後世の追加」であり、現在ではどの版本のバイブルにおいても見つけ出すことは出来ないと述べています。

それゆえ、神の存在における三位一体論はイエス、あるいは他のいかなる預言者たちによっても提示された概念ではないということが分かります。現在世界中のキリスト教徒たちによって採用されているこの教義の起源は、完全に人為的なものなのです。

教義の発展

キリスト教の真の創設者であると見なされるタルソスのパウロは、その教義の多くを形成させましたが、三位一体はその一つでした。実際に彼はイエスが「神の子」であるという概念を提唱し、そうした基礎を築いたのです。結局、子は父を必要としますし、神の啓示を人間に運ぶ役割はどうだったのでしょうか? 本質的には、パウロは重要な役割を果たす人物の名前を挙げ、後世が教会はそれを発展、体系化させたのです。

カルタゴ出身のテルトゥリアヌスという三世紀の神学者が子と聖霊が神の存在における同位者ではあるものの、それらはそれぞれ父と共に一つの存在であるという「三位一体」という用語を最初に使用した人物です。

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