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近代歴史学的方法論VS.ハディース方法論(1/5):欧米の歴史学方法論

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説明: 歴史の記録において用いられる近代的方法論と、ハディースにおいて用いられるものとの比較。第一部:欧米による近代的な歴史学方法論と、外部批評。

  • より リーム・アッザーム
  • 掲載日時 29 Aug 2011
  • 編集日時 24 Apr 2016
  • プリント数: 185
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ハディース学の起源は何世紀前にもさかのぼり、ムスリムと非ムスリム双方によって多くの議論の対象とされて来ました。一部の学者たちはハディース集は真正でなく、無視すべきだと主張するのに対し、他方ではその正反対の意見を主張する学者たちがいます。真実はどこにあるのでしょうか?まず第一に、ハディース方法論に対する批評と、欧米による近代的歴史学方法論に対する批評を比較するで、その手がかりが見いだせるでしょう。したがってこの論考の目的とは、まず歴史的資料が真性であるということを確証する際に用いられる一般的手法と、ハディースが真正であるということの確証に用いられる一般的手法を紹介し、最終的にそれら双方の過程を比較することです。

欧米による近代的な歴史学方法論

なんらかの出来事が起こると、同時代の人々はそれを知り、その知識と理解を次の世代に受け継ぎます(Lucey 20)1。日常生活において、出来事の知識はその目撃者によって伝えられ、それが正確に伝達されることが出来るということを人々は認識しています。実際、法廷においては、特定の出来事の目撃者証言によって、事実は真実として確証されます(Lucey 22)。歴史学者はこう見なします:「証言、つまり十分に信用に価する証言は、歴史的出来事に関する疑いの余地のない典拠である」(Lucey 20)。出来事の当事者たちによる信頼に価する証言によって、歴史の知識は得られるのです(Lucey 18)。それゆえ、歴史的方法論の目的とは、私たちに届けられている様々な証言が、正しい根拠として認められるかどうかを見極めることです。

あるとき、ある歴史家は、特定の出来事の情報を提供する直接、あるいは間接的な典拠(例えば本、巻物、陶器の破片、写真、ラジオの録音、伝承など)を集め、批評の手法によってそれらを評価しなければなりませんでした。これらの歴史的典拠、つまり「証言」は、情報と証拠を提供します。典拠の信頼性(証言内容の事実)を確証するのは、外部批評の役割であり、その正確性(伝達における腐敗から免れていること)なのです。内部批評は証言の真の意味の確証と、証言内容の信頼性に関わっています(Lucey 23)。結局、典拠への批評の基本的原則とは、事実の確証に至らしめること、または過去に確証されていたものの仮面をはぎとることなのです(Marwick 1962

外部による批評

外部による批評は、特定の典拠の出どころを調査することが要件となります。対照的に、その内容は内部による批評の対象となります。歴史家は典拠の出どころに関するあらゆる情報を探し求めなければならず、その典拠を元来の形に戻すという作業をする必要がある場合もあります(Lucey 23)。これは、典拠の信頼性を確証させるためです。典拠の信頼性を判別するということは、その証言内容が、実際にそれを行ったとされる人物に帰属されるのかどうか、またはそれが主張する時代に実際に帰属していたのかどうか、そしてそれが自ら主張するものそのものであるのかどうかを確証することです。典拠の出どころに関して可能な限りの情報を集めることは、典拠の真実性を確証することにおいても必要なことです。つまり、それが現代にまで続く伝達の過程において改ざんが施されなかったか、そしてもしそうなのであればその改ざん内容を特定することです。

外部による批評の第一段階としては、証言内容の事実を確証させるために、いくつもの異なる種類の質問に答えることです。典拠の出どころと、それが最初にどこで発見されたのかが突き止められなければなりません(Marwick 222)。例えば、エジプト陶器がイエメンの遺跡で発見されたのであれば、それは両国間にかつて交易があったことを示唆する重要な証拠となります。さらに、典拠の年代を知り、調査対象に関連する年代とどれほど近いのかが割り出されなければなりません(Marwick 222)。他にも、その他の重要な年代とどのような関係性があるのかということを明らかにすることも重要です。典拠の出どころに関する情報のすべては、その後の内部批評によって信頼性を決定することにおいても有益となります。

「作者を識別することは、信頼性の確証における第一段階である」(Lucey 47)にも関わらず、歴史家が作者と信頼性を切り離して区別することは特筆に値するでしょう。いつの年代に属しているかが知られている限り、偽名で著された古い時代の書物のように、作者不詳の資料に信頼性が付属することは可能ですが、いくつかの特定のケースにおいては、典拠の信頼性を確証するため、その資料の作者が必ず判明していなければなりません。

外部の批評における第二の、そして最後の段階は、典拠の真実性に対する調査です。言い換えるなら、典拠または証言内容が歴史の過程で改ざんされなかったかどうかを確認することです。この審査に合格してはじめて、証言内容の事実性が完全に確証されるのです(Lucey 62)。もしも証言内容に変更が加えられたのなら、その真実性が留められるため、元来のものに対する改変内容が識別されなければなりません。元来の形またはその複製に対する故意のもの、あるいは故意ではない追加や削除が施された可能性もありますが、最低限でも典拠または証言内容の殆どが真実であることが確証されなければなりません。また不注意な複製作業の結果による改ざんは非常に一般的であり、重大な解釈的違いを生む可能性があるという事実も注意が必要でしょう(Lucey 62)。これらのことが確証されると、歴史家は証言内容の評価の段階へと進むことが出来るのです。



Footnotes:

1 Lucey, William. History: Methods and Interpretation. Chicago: Loyola UP, 1958.

2 Marwick, Arthur. The Nature of History. 3rd ed. London: Macmillan, 1989.

 

 

近代歴史学的方法論VS.ハディース方法論(2/5):内部による批評

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説明: 歴史の記録において用いられる近代的方法論と、ハディースにおいて用いられるものとの比較。第二部:欧米による近代的な歴史学方法論と、内部批評。

  • より リーム・アッザーム
  • 掲載日時 29 Aug 2011
  • 編集日時 29 Aug 2011
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内部による批評

内部による批評とは典拠の内容に関するものであり、それは外部による批評の後に当然のこととして行われるもの(Lucey 24)です。この段階における目的とは、証言内容の信頼性を確証することです。歴史家たちはその開始にあたり、証言者の証言内容が何を意味するのかを理解しなければなりません。そうすることによってはじめて、歴史家は問題となる証人の信頼性に対する適切な決定を下すことが出来ます。証人の信頼性を確証するということは、その人物の能力(知識を元に語っているかどうか)と正確性(正直な発言者かどうか)を共に確証させることです。実際に、上記の審査によって一部の証言は退けられますが、相当数の証言は信頼に価するものであるとして確証されます(Lucey 24)。

言語は常に変化し続けるために、証言の真の意味を理解することは簡単な作業ではありません。言葉が逐語的に使用されず、別の意味が付属されることは頻繁にあります。歴史家は証言内容を的確に理解するために、作者や証人が付属させた意味を汲み取る必要があり、典拠の由来する時代に使われていた慣用句についても精通していなければなりません。当然のことながら、歴史家は典拠において使用されている言語に堪能でなければなりませんし、その作業のためには言語学の訓練も受ける必要があります。

典拠や証言内容を適切に理解するには、どのような人物や人々がその典拠をつくったのかを知る必要があります。言い換えると、彼らの性質や興味の対象は何だったのか(Marwick 223)ということになります。彼らの学歴、人生における地位、政治的観点、そして性格が調査されるべきなのです(Lucey 73)。また、彼らの年齢や気質も重要です(Lucey 78)。これらの知識は証人の信頼性を決定する際に有益となります。さらに、特定の典拠がいかにして、または何故もたらされたのか、そしてそれが誰に対して意図されたものだったのかを知ることも重要です。歴史家が証人の意図とその証言内容を正確に理解することが出来れば、次に証人の信頼性を調査する段階へと進みます。

この段階では、典拠を提供する人物(または人々)が実際に当事者としてその調査対象に関する知識があったのか、そして彼らが真実を述べているのかどうかを確証します。この時点においては、対象の典拠に対する公正さを維持するため、それに対して肯定的または懐疑的のどちらでもないことが適切な態度(Lucey 73)であると言われています。証人による証言は、それが完全に信頼の出来ないものであると断定されるまでは軽んじられるべきではありません。証人が多少の間違いを犯すことは、彼の証言の殆どが事実である限りは許容されます。歴史家の言葉を借りると、以下のようになります:

「したがって、証言内容の信頼性は、証人自身の適性と誠実さに由来するのであり、これら二つの資質は当然のこととして受け止められてはならないのである。彼の観察能力は確証され、観察機会は証明され、誠実さは確認され、証人が犯すであろう過ちを考慮するために他の証人の証言と比較されなければならないのである”(Lucey 73-4)。

典拠の信頼性を確証させる事項のなかには、典拠の性質や目的を初めとする、その種類に関する知識が含まれます(Lucey 77)。典拠の各種類には、独自の評価基準があります。例えば、政治的文書と社説は同じ観点からは読まれません(Lucey 77)。それに加え、特に公的な人物の場合、特定の証人の誠実さ、道徳的性格、適性は既に確証されている場合もあります(Lucey 78)。したがって、そういった証人たちの証言は、彼らにとって不利な事項が証明されない限り、その信頼性を疑う必要がないのです。

この段階において、歴史家が注意すべきいくつかの事項があります。それは、証人の観察能力が適格であると決めてかかることです。証人の出くわした出来事が現実としてあったことが確証されなければならないだけでなく、適格な証人がしっかりと認識したことも確証されなければなりません。別の注意事項としては、共通の過ちのもとに関することです。代表的なものには曖昧な記憶、偏見や先入観などがありますが、観察能力の不備といった欠点は、正当性に対する重大な疑いをもたらします(Lucey 75)。典拠の証人または作者に関するそのような欠点は、歴史家による誤解を容易に生み出す要因となります。

歴史家らはただ一人だけの証人による証言を受け入れることに躊躇しますが、証人が条件を満たしていればそれは正当化されます。当然、複数の証人がいた方が好まれ、その数が多ければ多いほど良いのです。もちろん証人たちは適格で誠実でなければなりませんし、報告した出来事に近かったか、または最低でも近かった人々から知識を得たのでなければなりません(Lucey 79)。証人が適格であればあるほど、歴史家にとっては仕事が楽になります。そうして彼は複数の証言を比較し、過ちを排除し、信頼のおける典拠を用いて新たな証人の信頼性を決定させることが出来ます。

信頼性を決定するためにいくつかの典拠同士を比較する際、次の三つの可能性があります。問題の典拠について肯定しているか、否定しているか、または沈黙しているかです。複数の典拠に対して肯定するだけでは、問題の典拠の信頼性が確証されるには至りません。それらの典拠が独立しているかどうかが決定されなければなりません。そうでなければ原典に対する策略または依拠が疑われることになります(Lucey 80)。特に出来事が公のものであったのなら、多くの独立した報告があるはずです。しかし、もしも複数の典拠が一致しなかったり、矛盾したりするのであれば、その場合は相違の度合いや典拠の性質などを調べなければなりません。小さな点や詳細における相違だけでは、問題の典拠は信頼性を落とすに至りませんし、実際それらは一般的であり、予期されるものです(Lucey 81)。見かけ上の矛盾と本物の矛盾とを混同しないよう注意されるべきであり、批評の規定を慎重かつ忍耐強く遵守することによって、見かけ上の矛盾に関する問題が解決されるかもしれないことも認識されるべきです(Lucey 83)。しかし、もし本物の矛盾がある場合、それらが別の根拠による信頼性を勝ち取るまでは、それらのどの典拠も使用されてはなりません。ある問題が論議を呼ぶようなものであれば、利害関係者や極論者に対しては極力注意すべきです。

第三のシナリオとしては、問題の証言に対し、典拠が沈黙をしている場合です。そのような証言に対しては否定的な態度が取られますが、直ちに退けられる訳ではありません。証言が退けられるためには、沈黙する証人たちが出来事について知る能力があったこと、そして彼らがそれらを報告しなければならない状況にあったことが確証されなければなりません(Lucey 84)。しかしそれらを確証することは困難です。

歴史家が複数の典拠をふるいにかけ、外部と内部双方の批評を厳格に適用すれば、ようやく執筆に取り掛かることが出来ます。すべての資料を配列、統合し、正しい出来事として再建する作業は、歴史家自身の解釈も伴わなければならないため、容易な作業ではありません。信頼のおける典拠への歴史家による解釈の姿勢が、特定の出来事の再建を形作るのです。

 

 

近代歴史学的方法論VS.ハディース方法論(3/5):ハディース方法論

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説明: 歴史の記録において用いられる近代的方法論と、ハディースにおいて用いられるものとの比較。第三部:ハディースにおいて用いられる方法論について。

  • より リーム・アッザーム
  • 掲載日時 05 Sep 2011
  • 編集日時 05 Sep 2011
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預言者のハディースとは、預言者ムハンマド(神の慈悲と祝福あれ)からの、または彼に関する報告のことを指し、ムスリムはアハーディース(ハディースの複数形)を通して人生における預言者の道であるスンナについて知ることが出来ます。この知識は、ムスリムの最も基本的な宗教的要件を満たすために必要であり、預言者自身生前に、この知識を広めることを指示しました。

預言者は彼の教友たちに対し、反復、質問、口述、実践して見せることなどによる様々な方法によって教えを説きました。そして彼らに対してそうした後、彼らが何を学んだのかを問いました。教友たちだけでなく、外国からの派遣団もクルアーンとスンナの教育を受けました。預言者は彼らに対しても、彼らが何を学んだのかを質問しました(Azami 9)1。さらに、預言者によって送付された書簡のいくつかは法的問題の範囲にまで及ぶ長文で、スンナの伝授方法についても叙述していました。預言者には一時、少なくとも45人の代筆官が居たため、文書は一般的に大量に記されていたと見られています(Azami 10)。彼がアリー・ブン・アビー・ターリブといった教友たちにも口授したり、彼の説教の写しを特定の人々に送付したりしたことも知られています。また、他にも非常に重要なこととして、彼が追従者たちに明確に指示したように、彼の方法を模倣させたことことが挙げられます(「私の行うように礼拝をしなさい」[ブハーリー第一巻、11編、604番]、「巡礼の儀礼は私から学びなさい」[サヒーフ・ムスリム、ハッジの書、310番])。また彼は質問者に対し、彼と共に滞在し、彼自身を観察して学習するよう勧めたことが知られています(Azami 10)。

スンナの知識を広めるために預言者によって用いられた他の方法には、学校とも言える複数の施設の設立がありました。それらは預言者のマディーナ到来後間もなく設立され、また彼は遠方の様々な場所へと教師を派遣したりもしました。彼は教友たちに対し、彼に関する知識を伝達するよう強調し、次のように言ったことが伝えられています:「たとえそれが僅か一つの節であれ、私からの知識を伝えるのです」(Azami 10)。また彼の有名な「別れの説教」では、次のように言ったことが伝えられています:「(ここに)今いる者たちは、いない者たちにこの教えを伝達するのです。」(ブハーリー第2巻、26編、795番)。このように教友たちの間では、不在の者たちに預言者の言行について告げ知らせることが一般的な慣行でした。また、預言者は派遣した代表団に対し、彼らが国に帰還した暁には、現地で学んだことを人々に教えるよう明確に指示したのです。彼は教えることと学ぶことによって得られる大きな報奨と、それを拒否した際に起こり得る懲罰について告げることにより、これらすべての行いを推奨しました(Azami 12)。

預言者の教友たちに関しては、彼らの愛し、尊敬した人物をいかに彼らが観察し、模倣することに専念したかが特筆されるべきでしょう。教友たちによる預言者への愛情は、預言者を守るためなら彼らの多くが躊躇することなく死んだ程だったことなどにより、よく知られています。このことを含め、彼らの卓越した記憶力と、預言者自身が自らのスンナを教えるために用いた様々な方法とを考慮すれば、彼らが預言者のスンナを熟知していたことは想像に難くありません。事実、彼らはそれを学ぼうとしただけでなく、暗記や記録などの様々な方法を駆使してそれを保持しようとしたことが報告されているのです。預言者の教友たちがお互いに暗記に励み、預言者から学んだばかりのことを実践していた多数の例もあります(Azami 13)。彼らの多くはハディースを記録したことで知られ、預言者の指示に従って彼から学んだことを元に、彼を模倣していました。預言者の死後も、彼から学んだことの暗記、実践と保持を彼らが続けていたことを証明する複数の報告があります。さらに、アリー・ブン・アビー・ターリブ、イブン・マスウード、アブー・サイード・アル=フドリーなどの教友たちが、後世代に対してハディースの暗記をするようアドバイスしたことを示す報告もあります。彼らは個人的にだけでなく、集団レベルでもその暗記をしていたのです(Azami 15)。

預言者の死後、イスラームはアラビア半島を超えた遠隔の地にも広まりを見せました。預言者の教友たちが拡張における先駆者たちだったため、ハディースの知識は彼らと共に広がり、そのすべてがマディーナに留まったのではありませんでした。それゆえ、遠隔の地にたどり着いてそこに定住した特定の教友たちに、他の地域には知られていなかった一部のスンナが知られていた可能性はあります。既述のように、教友たちは彼らの後世代がハディースの学習と保持を続け、それが失われないようにされるのを確認したのです。しかし、その時点でスンナの知識は一ヶ所に集中してはおらず、ムスリム世界の各地に拡散していたため、過ちが加えられる可能性が増しました。特に「第一のフィトナ(試練:つまりイスラーム国家の騒乱と分裂)」の後には、批評の技法が開発される必然性が出てきたのです(Azami 49)。それに加え、スンナの拡散と共に、ハディース学習の新しい技法も開発されなければなりませんでした。

ハディースの保持においてはすべての技法が重要なものでしたが、教師が生徒に読み上げる実践法は初期に開発され、とりわけ重要なものでした。これには、教師による生徒の本からの読み上げも含まれました。その本とは、教師が書き取らせたものの完全な、あるいは部分的な複写でした(Azami 17)。生徒や学者らは、教師に対して読み上げる前に、本全体において故意に別のハディースを挿入することによって、教師の力量を試しました。それらの追加を認識しなかった教師らは「公然と非難され、信頼性に欠けることが宣言」されたのです(Azami 17)。それに加え、生徒による教師への読み上げの技法は、二世紀初頭から最も一般的な実践法になっていたと言われています(Azami 19)。これは他の生徒たちが同席する中で行われ、彼らは自分たちの本の中にあるものと他の生徒のものとを比べるか、または注意深く聞いていたのです。彼らは通常、複写においては各ハディースの後に丸印を付け、教師に対してハディースが読まれると、それを示すために印を塗りつぶしたと言われています。また、ハディースが教師に対して読み上げられると、その印が付けられ、時には学者たちが同じ本を何度も読み返したのです。その理由はアラブ筆写本に対抗するためだったのではないかと見られています。さらに、ごく初期から、複写の再検査に対する必要性が明白にされ、教師たちは生徒たちの複写における過ちの排除を手助けしたと報告されています。自分の本を教えること、または編纂することにおいて適切な方法に従わなかった人物は、たとえ資料が真正のものであったとしても、ハディースを盗用したと非難されるでしょう。したがって、ハディースが正しい手順によって得られたということは極めて重要なことだったのです。他にもいくつかの技法が存在しますが、この論考の目的としても、ハディース学者がハディース伝達において、それを伝授する技法によって特別な用語を用いていたことを知るのは重要でしょう。また言及に価することとしては、それらの特別な用語(「ハッダサナー(彼は我々に、〜と話した)」、「アフバラナー(彼は我々に、〜と伝えた)」、「アン(〜によると)」)は、伝達過程が厳格に口伝のみであったことを示すのだと勘違いされがちですが、実際にはそうではなかったことが証明されています。



Footnotes:

1 Azami, Muhammad. Studies in hadeeth Methodology and Literature. Indiana: American Trust, 1977.

 

 

近代歴史学的方法論VS.ハディース方法論(4/5):ハディースの格付け 前半

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説明: 伝承者経路の信頼性に基づいた、様々なハディースの種類について

  • より リーム・アッザー
  • 掲載日時 05 Sep 2011
  • 編集日時 05 Sep 2011
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ハディース伝達に携わった人々は、イスナード伝承の鎖)を構成します。イスナードはハディースの情報源を示し、この情報は後にハディースの重要な部分となるのです(Azami 31)。アル=ブハーリーの師の一人であるアブドッラー・ブン・アル=ムバーラクは、次のように言ったと報告されています:「イスナードは宗教の一部である。イスナードがなくければ、誰でも意のままに語る事が出来たからだ。」(Hasan 11)1。イスナードが「第一のフィトナ(試練:つまりイスラーム国家の騒乱と分裂)」以前から用いられていたことを示す資料が一部にはありますが、ヒジュラ暦一世紀末までは完全に発達していませんでした(Azami 33)。(しかしながら、ジョン・バートンは著書 An Introduction to the Hadith のなかで、一世紀にはまだイスナードが存在していなかったとしています。)預言者(神の慈悲と祝福あれ)による特定の言行録を含むハディースの本文は、マトンと呼ばれます。

ハディースの格付けについては、複数の大まかな種類がありますが、本稿ではそのうちの7項目を簡潔に説明します。格付けにおける7項目は、以下に基づきます:1)特定の権威に言及されるもの、2)イスナードの結び付き、3)イスナードの各経路に関わる伝承者の数、4)ハディースの報告において用いられる技法、5)イスナードとマトンの性質、6)ハディースのイスナード及びマトンにおいて発見された隠れた欠陥、7)報告者の信頼性と暗記力(Hasan 14-16)。

第一の項目である、特定の権威に言及されるものに基づく格付けとは、すなわちそれが預言者、教友たち、または後継者たちに帰属されるのかどうかを見極めるものです。マルフーウ(持ち上げられた)伝承とは預言者自身にまで辿りつくものであり、それが最高の格付であるとみなされます(Burton 112)。マウクーフ(止まった)伝承とは教友止まりのもの、そしてマクトゥーウ(途切れた)伝承とは、教友の後継者止まりのものです。これらの格付けは預言者の言行と、教友または後継者たちのそれとを識別する重要なものです。

第二の項目である、イスナードの結び付きに基づく格付けとは、複数の異なる識別をするものです。ムスナド(連結した)のハディースは、途切れなく預言者にまで連なる伝承経路を持つことから、最上級のものとなります(Burton 111)。ムルサル(飛ばされた)のハディースは、伝承者経路のいずれかの段階において隙間のあるものです(AzamiHasanによると、それは教友からハディースを学んだ後継者が、イスナードにおいて教友の名を省略したものであるとしています)。ムンカティウ(断絶した)のハディースとは、報告する伝統者たち(後継者より前の世代)に近い部分のつながりが失われているものです。これはもし伝承者のひとりがイスナードにおいて、たとえ同時代に生きていたとしても直接の権威からハディースを聞くことが不可能であった場合に用いられます。また一部の学者たちにおいて、ムンカティウという用語は、報告者が自身の権威(典拠)に言及する代わりに「ある男性が私に伝授したことによると」と述べるハディースの場合にも用いられます(Hasan 22)。ムウダル(混乱した)のハディースとは、イスナードにおいて複数の報告者が連続的に欠如している場合のものです。また、イスナードそのものが完全に欠落しており、報告者が預言者から直接引用するハディースは、ムアッラク(ぶら下がった)と呼ばれます(Hasan 22)。

第三の項目においては、イスナードの各経路、すなわち報告者の各世代における伝承者の数によって、ハディースが格付けされます。二つの主な格付けはムタワーティル(連続的)とアーハード(単一)です。アーハードに関しては更にガリーブ(乏しい、奇妙な)、アズィーズ(珍しい、強い)、またはマシュフール(有名な)などの項目に分類付けられます。ムタワーティルのハディースとは、大人数によって報告されており、嘘への集団的合意が論理的に不可能であること、そして偶然の一致がないに等しいもののことです。これらの報告者の必要最低人数はハディース学者によって相違がありますが、4人から数百人までの幅があります(Azami 43)。ムタワーティルには意味上のものと、逐語的なものの両方ありますが、前者の方がより一般的です。アル=ガザーリーは、ハディースはイスナードの始まり、中間、そして終わりの段階でムタワーティルでなければならないと条件付けています(Hasan 30)。ハディースがアーハードであるのは、報告者の数がムタワーティルのハディースとして要求される人数に達しない場合です。ハディースがガリーブとされるのは、イスナードにおけるいずれか(または全て)の段階において、ただ一人のみが報告している場合です。ハディースがアズィーズとされるのは、イスナードにおけるいずれか(または全て)の段階で、報告者が二人だけしかいない場合です。イスナードにおける全ての段階で最低でも三人が報告している場合、それはマシュフールとして格付けされますが、この用語はガリーブまたはアズィーズとして始まるハディースが最終段階においては大人数になっている場合にも使われることがあります(Hasan 32)。

第四の項目では、その報告において用いられる技法に基づいてハディースが格付けされます。既述されたように、生徒や学者がハディースを学んだ際に用いられる特定の学習法や伝授法に対して該当する特別な用語があります。「ハッダサナー(彼は、私たちに〜と話した)」、「アフバラナー(彼は、私たちに〜と伝えた)」、「サミゥトゥ(私は〜と聞いた)」などは全て、報告者自身が自らの師からハディースを聞いたことを示す用語です。「アン(〜によれば)」と「カーラ(彼は言った)」はより曖昧な表現であり、師から自ら聞いたか、他の誰かから聞いたかのどちらも意味します。実際に「アン」はとても等級が低く、様々な伝達様式の中のいずれの方法も含まれる場合を意味します(Azami 22)。「何某の権威によれば」「何某が言うには」を意味する後者の二つの用語が使用されることにより、その曖昧さからハディースは弱いものであると格付けされることがあります(Hasan 33)。タドリース(隠蔽)を実践する者とは、彼が聞いてもいないことを師から報告したり、会ったこともない同時代の人物から報告する者のことです。これは、ハディースを伝達するにあたって、それが直接聞かれたものでなければならないという原則に違反します(Burton 112)。タドリースの中でも最悪の種類と見なされるものは、信頼のおかれる学者から根拠の弱い権威が報告する場合に、その弱い権威を省いて信頼のおける学者から直接報告をするというものです。このようなイスナードを報告する人物は、自らの師から聞いたということを示すかもしれませんが、弱い権威については口を閉ざし、単に「アン(〜によれば)」の用語を使って、イスナードにおける彼の師とその次に来る信頼性のある人物をつなげるという手口を用います(Hasan 34)。

イスナードを通して(預言者を含む)全ての報告者たちが同一の伝達法を伝えたり、同様の追加的言明や意見を述べたり、あるいはハディースを語る際に特定の行動を取ったりすることは、ムサルサル(均一のつながり)と呼ばれます。この種類の知識は、特定の種類のハディースにおけるタドリースの可能性をなくすことに寄与します(Hasan 35)。



Footnotes:

1 Hasan, Suhaib. An Introduction to the Science of hadeeth. Riyadh: Darussalam, 1996.

 

 

近代歴史学的方法論VS.ハディース方法論(5/5):ハディースの格付け 後半

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説明: 伝承者経路の信頼性に基づいた、様々なハディースの種類について(後半)。

  • より リーム・アッザー
  • 掲載日時 12 Sep 2011
  • 編集日時 12 Sep 2011
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第五の項目に基づき、ハディースはイスナードとマトンの性質によって格付けされることもあります。アッ=シャーフィイーによると、信頼のおける人物から報告されたハディースが、彼よりも信頼のおける人物の供述とかみ合わない場合、そのハディースはシャーッズ(不規則なもの)であるとされます。イブン・ハジャルによれば、信頼性の乏しい報告者が真正ハディースに矛盾すると、そのハディースはムンカル(非難されるもの)であるとされますが、一部の学者たちは信頼性の乏しい報告者を含むハディースはどれもムンカルであると格付けします。また、本文が預言者による一般的な発言と矛盾したものであった場合にも、ムンカルの格付けがされます。もしも信頼のおける人物から報告されたハディースに、他の信頼性のある典拠では報告されていない追加の情報がある場合、その追加はそれらに矛盾しない限りは認められ、追加のことはズィヤーダトゥ・スィカ(信頼のおける者からの追加)として知られます。しかし、報告者が報告しているハディースに何かしらを追加した場合、そのハディースはムドラジ(改変されたもの)と格付けされます。これがハディースの中で起きるのは通常、本文中の難しい言葉を説明する際です。これがイスナードの中で起きるのは、ほんの僅かな例です。つまり報告者がイスナードの一部を抜き取り、別のイスナードに挿入することです。意図的なイドラージ(改変)を行うことで知られる報告者は、一般的に嘘つきと見なされますが、難しい言葉を説明するためにそれを行う報告者たちに関しては、学者たちは許容の姿勢を示しています(Hasan 37-39)。

第六の項目においては、ハディースのイスナード及びマトンにおいて隠れた欠陥のあるものが、マアルールもしくはムアッラル(欠陥のあるもの)として格付けされます。これは、ハディースが実際にはムルサルであるのにムスナドであると格付けされてしまった場合、または実際には違う人物であるのに、ハディースを特定の教友に帰属させた場合などの原因が考えられます。そういった欠陥を発見するためには、ハディースにおけるすべてのイスナードが収集され、調査されなければなりません。以下はその例です:

 “一部の学者らは、どの後継者がどの教友からハディースを聞いたのかという書を著しています。この情報から、アル=ハサン・アル=バスリーがアリーに会ったことはなかったということが認知されます。しかしながら、彼の幼少時代に両者がマディーナで会ったかも知れないと、いう可能性は僅かながら存在します。このことは、アル=ハサン・アル=バスリーがアリーから直接報告したと言われている多くのスーフィー伝承において、極めて重要なことです。(Hasan 42-43)

イスナード、または本文において疑念のある場合は、そのハディースはムッタリブ(不安定なもの)という格付けがされます。これは報告者たちがイスナードまたは本文のある部分に関して一致せず、いかなる確定した見解も発生しない場合です。イスナードにおける名前が逆になっている場合(たとえばカアブ・ブン・ムッラがムッラ・ブン・カアブになっているとき)、または本文における文章の順序が逆になっている場合、そのハディースはマクルーブ(変更された、または逆になった)と格付けされます(Azami 66)。これは本文に実際とは異なるイスナードが与えられている場合かその逆の場合、または報告者の名前が別の人物の名前にすり替わっている場合なども同様です(Hasan 41-42)。

本稿における最後の、第七の項目は、報告者の素質によって格付けされるものです。ハディースの評価はこれによって決定的に委ねられます。アーディル、ハーフィズ、サービト、またはスィカとして知られる者たちによって報告されたハディースは、最も段階の高いハディースであり、サヒーフ(真正)として格付けされます。誰かがアーディルと見なされるためには、敬虔なムスリムであり、すべての行いにおいて誠実かつ正直者として振舞わなければなりません。様々な伝達者たちの間において、ハディースの本文に見いだせる口頭による合意についての慎重な比較を通して、誰が最も正確(サービト)だったか、または最も信頼に価したか(スィカ)、または最も記憶力が優れていたか(ハーフィズ)が指し示されます。学者の誰かがこれらの基準のうち、最低どれか一つを満たさなければ(そして非難されていなければ)、彼によって報告されたハディースは真正度のより低いもの、つまりハサン(良好)であるとされました。もしも報告者の記憶力が弱いことで知られていた、または不用心から間違いばかりを犯していたのであれば、彼によるハディースはダイーフ(弱いもの)であると判断されました(Burton 110-111)。

もちろん、ハディースの最終的な評価においてはその他の要素も関わってきますし、イブン・アッ=サラーフの言葉を借りると、“サヒーフのハディースとは、暗記力に信頼性のある報告者が同様の権威から伝えるイスナードが連結し、本文にはいかなる不規則性もなく、またイスナードにおいてもいかなる欠陥も見出されないものです。アッ=ティルミズィーによると、ハサンのハディースとはシャーッズではないもので、イスナードにおいて非難に値する報告者が含まれていない、一つ以上の経路によって報告されたものHasan 44-46)とされます。ハサンのハディースとしての必要条件を満たせなかったものにはダイーフの格付けがされ、それは大抵の場合、イスナードにおける非連続性が原因です。もし報告者のうちの誰かが多くの過ちを犯していたり、不誠実だった場合など、何らかの理由によって悪い評判を持つ場合も、ダイーフであると格付けされます。欠陥が多く、それらが深刻な場合、ハディースはマウドゥーウ(捏造されたもの)と格付けされます。アッ=ザハビーによれば、マウドゥーウのハディースとは、預言者によって確立された模範基準に本文が背いている場合、またはイスナード中に嘘つきが含まれている場合です。また、ハディースに「特定の出来事における日程や時間に対し、外的証拠によって相違が発見された場合」(Hasan 49)にもマウドゥーウであると格付けがされます。

ここで既述された格付けは、存在する内のほんの一部に過ぎません。ハディース学問は非常に複雑であり、あたかも学者たちは考え得る全ての角度からのハディース分析を考え出したかのようです。このすべては異なる種類の伝承、特に真正のものと非真正のものとを識別するために生み出されたのです。

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