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預言者ムハンマド

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説明: 神の預言者であるムハンマド(神の慈悲と祝福あれ)の容姿・性格の概観。

  • より IslamReligion.com
  • 掲載日時 06 Dec 2009
  • 編集日時 21 Oct 2010
  • プリント数: 264
  • 観覧数: 9886 (日平均: 3)
  • 評価: まだ評価されていません
  • 評価者 0
  • メール数: 0
  • コメント日時: 0

 “私は彼と月とを見比べた。彼は赤いマントを身にまとっていた。そして私には、彼が月よりも美しく見えた。”(アッ=ティルミズィー

これが、ジャービル・ブン・サムラによって描写された、最後の預言者、敬虔なる者たちの長、信仰者たちの王、慈悲遍き御方により選ばれた神の使徒ムハンマドです。

彼は丸顔で白い肌の持ち主でした。彼の髪の毛は耳たぶに届くほどの長さで、黒く濃い髭をたくわえていました。彼の顔は嬉しい時には光り輝き、声に出して笑う代わりによく微笑みました。彼の瞳は長いまつ毛によって覆われており、眉毛は弧を描いていました。彼の美しさは、マディーナのラビ(ユダヤ教の宗教的指導者)の長だったアブドッラー・ブン・サラームが彼の顔を目にした時、このような高貴な顔の持ち主が嘘つきであるはずがない、と宣言したほどです。

彼は中背で、身長は高くも低くもありませんでした。彼は前かがみに歩き、革サンダルを着用していました。彼のズボンの丈は脛の中間、またはくるぶしのすぐ上まで垂れていました。

また彼の背中の左肩のあたりには、‘預言者の印’がありました。それはおよそ鳩の卵ぐらいの大きさで、ホクロのようなシミが点在していました。そして彼の手の平は、絹の錦織よりも柔らかかったと伝えられています。

また彼がやって来ると、あたりから芳しい香りが漂ってきました。彼の汗の雫はまるで真珠のようであったと言われています。彼の教友たちが彼の汗を集めて香水に混ぜると、更に良い香りになったそうです。

イスラームの教えでは、もしも誰かが夢の中で預言者を見るという祝福に与かったのであれば、その人物は実際に彼を見たのであるとしています。

彼はたびたび長い時間に渡って沈黙したこともありましたが、その際には非常に威厳があったと言われています。

また彼は、話す時には真実だけを話し、その声は耳に心地よく響きました。彼は今日の人々が話すような早口ではなく、周囲の人々が言ったことを記憶できるような、はっきりとした口調でした。彼の言葉は、もし誰かがその言葉を数えようとしたのであれば、容易にそう出来ただろうと言われています。彼の教友たちは、彼は下品でも不作法でもなかったと述べています。彼は人々を罵らず、虐待もしませんでした。そして叱責する時には、ただ次のような言い方をしました:

“これこれの人々は一体何を考えているのだろうか?”(サヒーフ・アル=ブハーリー

彼にとって最も嫌悪すべき行為とは嘘をつくことでした。彼は時には自分の言葉を二度、または三度と繰り返し、聞く者がしっかりと理解出来るようにしました。彼は説教を短く済ませました。そして説教の際にはあたかも敵の襲来を警告するかの如く、目を充血させ、声を張り上げ、感情をあらわにしたそうです。

彼は贅沢や浪費をせず、質素な暮らしをしました。彼は現世的な暮らしに背を向け、それを捨て去ったのです。彼は現世というものは牢獄であり、楽園などではないと見なしていました。彼がもしそう望めば、欲しいものを何でも手にすることが出来ましたが、それを拒否しました。彼は自身の暮らしを現世的な暮らしでもって交換したりはしなかったのです。彼は現世が単なる回廊であり、永住の場ではないことを知っていました。彼はそれが通過点であり、目的地ではないことを完全に心得ていたのです。彼はその価値を理解していた。それが儚い夢のようなものであるということを。

それにも関わらず、神は彼を窮乏の状態から富ませたと仰せられます:

“またかれは貧しいあなたを、裕福になされたではないか。”(クルアーン 93:8

Aisha, his wife, said:

また彼の妻の一人であったアーイシャはこう述べています:

“ムハンマドの家族がかまどで火を焚かない日々は一ヶ月にも及びました。彼らは二つのもので生き延びていました―ナツメヤシと水です。彼の隣人だったマディーナの住人が羊の乳を届けて来ましたが、彼はそれを飲んだ後、家族にも分け与えていました。”(サヒーフ・アル=ブハーリー、サヒーフ・ムスリム

彼女によると、マディーナへの移住から彼の逝去までの十年間の間、ムハンマドの家族が小麦のパンを三日間連続で満足に食したことは、ただの一度もなかったそうです。

その上、彼は深夜に起き上がり、礼拝を捧げて神に感謝の気持ちを表していました。その礼拝の余りの長さゆえに、彼の両足は腫れ上がるほどだったのです。彼の妻たちが、なぜそこまで熱心に崇拝が出来るのかを彼に訊ねた時、彼の唯一の言葉は次のようなものでした:

“私は感謝する僕であるべきではないだろうか?”(サヒーフ・アル=ブハーリー、サヒーフ・ムスリム

教友の一人だったウマルは、飢饉の日々を回想しながら言っています。預言者は時には飢えをしのごうとしても、腐ったナツメヤシさえ見つけることが出来なかったと!

別の教友であり、預言者時代の証言者でもあるアブドッラー・ブン・マスウードはこう伝えています。ある時ムハンマド(神の慈悲と祝福あれ)が眠りから覚めた時、その体にナツメヤシの木の葉で出来た敷物による跡が刻み込まれていたため、彼はこのように訴えました:

 “私の両親があなたの犠牲となりますように!なぜあなたは私たちに何か(もっと柔らかいもの)を用意させなかったのですか?”

えました

 “私はこの現世とは何の関わりもない。私は例えるなら、木の陰で一時の休憩をとる旅人であり、少し経てば旅を再開し、その木を後にするのだ。”(アッ=ティルミズィー

歴史上の様々な征服者たちは、血の川を流し、どくろのピラミッドを建てたことで知られます。ムハンマド(神の称賛あれ)はその慈悲深さで知られていました。彼は戦いにおいて以外、決して不正への復讐として、女性や召使いに手を上げたりはしませんでした。彼の慈悲深さは、八年間もの間追放された後、征服者としてマッカ入城をした日の出来事に如実に見て取れます。

預言者は彼を迫害し、更に狂人、詩人、悪霊に取り憑かれた者というレッテルを張り、彼を家族と共に3年間岩だらけの山岳地帯に追放した人々を赦したのです。彼は自分を朝に夕に迫害した、最も悪意に満ちていたアブー・スフヤーン、そして強靭さで知られていた奴隷ワハシに命じてイスラームに改宗した預言者の叔父を殺させた上、その遺体を損傷し、さらに肝臓を取り出してそれに噛み付いたアブー・スフヤーンの妻ヒンドまでを特赦したのです。その後、彼らはイスラームへと改宗しました。高潔で誠実な神の使徒以外に誰が、このような崇高な性格であることが出来るでしょうか?

マッカに住んでいたワハシは、預言者の叔父殺害の任務を果たすことによって自由民となることが出来ました。マッカにおいてイスラームが支配的となったとき、ワハシはマッカからターイフへと逃亡しました。やがてターイフにもムスリムの勢力が及びました。彼は、イスラームを受け入れた者は、いかなる者であったとしても、ムハンマドによって赦されていることを耳にしました。彼の罪は途方もなく大きなものでしたが、ワハシは勇気を出して慈悲深き預言者のもとを訪れてました。そして彼がイスラーム改宗を宣言すると、ムハンマド(神の慈悲と祝福あれ)は彼を赦したのです。

彼の慈悲は、ハッバール・ブン・アスワドにまで差し伸べられました。預言者の娘ザイナブがマッカからマディーナへと移住した際、ハッバールを含むマッカ勢は彼女らを阻止しようと試みました。彼は妊娠中だった預言者の娘をラクダから振り落とし、それが原因で彼女は流産しました。この罪の意識から彼はイラン方面へと逃亡しましたが、神は彼の心を預言者のもとへと向けさせたのです。それで彼は預言者の裁きの場に赴いて自身の罪を認め、信仰宣言をしたことによって、預言者により赦されたのです。

ムハンマド(神の慈悲と祝福あれ)は、神のお許しによって幾多の物理的奇跡を起こしました。彼が単に指を向けただけで、月は半分に割れました。ミアラージュとして知られている神秘の旅では、アル=ブラークという天馬に乗ってマッカからエルサレムまで一夜にして移動し、全ての預言者たちを礼拝で先導し、七天を超えて彼の主に謁見しました。彼は病人、盲人を癒し、憑依された者から悪魔を去らせ、指から水をほとばしらせ、さらに彼の食べ物は神を讃えました。

それにも関わらず、彼は人々の中でも最も謙遜深い人物でした。彼は地面に座り、地面で食べ、地面で寝ました。ある教友によると、もしも預言者がいた集まりによそ者が入って来たのであれば、彼の控え目な態度から誰が預言者で誰が教友か見分けがつかなかっただろうと述べています。彼の召使いだったアナスは、彼へ奉仕した九年間の内、非難はおろか叱咤されたことさえ一度もなかったと誓っています。彼の周囲の人々は、ムハンマドが余りにも慎み深かったため、幼い少女でさえ彼の手を引き、どこでも好きな所へ連れて行くことが出来たほどだったと説明しています。また彼はたびたび無力なムスリムたちの元を訪れ、病人を見舞ったり、葬儀に参列したりしました。彼はいつもキャラバンの後方に留まって弱者を助け、彼らのために祈りを捧げていました。また彼は未亡人や困窮者などの要望が満たされるまで、彼らと共に歩くことをためらいませんでした。更に彼は奴隷たちの誘いにさえ応じ、粗末な大麦のパンを彼らと食したのです。

彼は妻たちにとっても最善の男性でした。彼の妻アーイシャは、彼がいかに謙虚であったかをこう描写しています:

 “彼は自分の家族のために尽くし、礼拝の時が来ると身を浄めて礼拝へ行きました。彼は自分のサンダルをつぎ当て、自分の衣服を縫い合わせました。彼は衣服の中のシラミを探し、羊の乳を搾り、自分の雑用をこなす、普通の人間だったのです。”(サヒーフ・アル=ブハーリー)

実に、彼は自分の家族に対して最善を尽くす人物でした。彼はその性格から、人々を追い払うようなことは決してしなかったのです。

これが、私たちが誰よりも愛すべき、高潔な神の預言者です。神は彼についてこのように仰せられています:

“本当にアッラーの使徒は、アッラーと終末の日を熱望する者、アッラーを多く唱念する者にとって、立派な模範であった。”(聖クルアーン 3321)

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