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ウィルフレッド・ホフマン ドイツ人社会科学者・外交官(後半)

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説明: 元アルジェリア大使のドイツ人外交官による改宗記。第二部。

  • より ウィルフレッド・ホフマン
  • 掲載日時 07 Sep 2015
  • 編集日時 07 Sep 2015
  • プリント数: 9
  • 観覧数: 3342 (日平均: 2)
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  • コメント日時: 0

「唯一無二なる真実の神であり、生まれもしなければ生みもせず、何一つ似通るものなき神への混じり気のない本来の信仰として、私はイスラームの視点からそれを見るようになった。部族的な神の理神論や三位一体論の代わりに、クルアーンは最も明快かつ単刀直入、そして――少なくとも神の擬人的概念については――歴史的に最も先進的であるゆえに最も抽象的なものを示してくれた。

「クルアーンの主張する存在論、そしてその倫理的教えは、深い真実性を帯びたものとして、私に強い印象を与えた。それは“黄金のごとく素晴らしい”ものであったため、ムハンマドによる預言者としての使命の信頼性には一片の疑いもなかった。人間性を理解する者であるなら、クルアーンの形をとって神から人間に伝達されたすべきこと・すべきでないこと”における永久の叡智を感謝せずにいることなどできるはずはないのである。

1980年に息子の18歳の誕生日を祝うため、彼は哲学的見地から疑念の余地なく真理であるとあるとみなされる事柄を含んだ、12ページの写本を用意しました。彼はムハンマド・アフマド・ラスールという名のケルン在住のムスリム指導者に、それを見てもらいました。それを読んだ後、ラスールはもしホフマン博士が書いたことを彼自身が信じているのなら、彼はムスリムであると言いました。まさにそれが数日後の19809月25日、彼が「私は唯一なる真実の神以外に神はなく、ムハンマドは神の使徒であると証言する」きっかけとなりました。

ホフマン博士はムスリムになったあとも、ドイツ人外交官・NATO職員として15年間働き続けました。彼は「職場で差別を受けたことはなかった」と言っています。彼は改宗から3年半後の1984年、当時のドイツ大統領だったカール・カルステンス博士から、ドイツ連邦共和国功労勲章を受賞しました。ドイツ政府はムスリム諸国に派遣されるすべての外交使節団に、彼の著書「ドイツ人ムスリムの日記」を分析のツールとして配布しています。彼は職業の任務によって宗教の実践を妨げられることはありませんでした。

以前は赤ワインに目がなかったものの、彼は現在ではアルコールの誘いを断っています。外交官として、彼は頻繁に外国人の賓客と食事会を共にします。彼はラマダーン中であれば、そうした食事会で空の皿を前にして出席します。1995年、彼はイスラームの運動に献身するため、外交官を自ら辞任しました。

アルコールが原因で引き起こされた社会と個人への悪影響について語る際、ホフマン博士は自らに起きた事件について言及します。1951年に大学生だった彼は、アトランタからミシシッピ州に旅行していました。彼がミシシッピ州のホーリー・スプリングに着いたとき、飲酒運転による車が突然彼の車に正面衝突してきました。彼は口の損傷と、19本の歯を失うという重傷を負いました。

顎と下唇の手術を経た後、病院の外科医はこう言って彼を慰めました。「通常の状況下では、誰一人としてそのような事故を生き延びることはないのですよ。神はあなたのために何か特別なことを用意されていることでしょう。」そして後日、「つり包帯にぶら下がった腕、包帯で固定された膝、ヨウ素によって変色し、傷口の縫い跡が目立つ顔」で、足を引きずりながらホーリー・スプリングの病院を退院した彼は、外科医の言葉の意味について考えていました。

彼はだいぶ後になり、その意味を知ることになります。「遂に、その30年後、私がイスラームの信仰を証言したのと同じ日に私が生き延びたことの真の意味が明白になったのである。」

その確信について、彼はこう明言します。

「私が個人的に、疑いの余地なく確信することのできると信じる、あらゆる哲学的真理を体系的に書き記すことと、そのさらなる正確性と簡潔さを追い求めることにしばし取り組んできた。その努力の中で私は、不可知論者による一般的な姿勢は知的ではないということに気付いたのだ。それはつまり単純に、人は信じるという決断から逃れることはできないのであり、我々の周りの存在が創造されたということは明白であり、イスラームは疑いなく全体的な現実と調和するのだということである。それゆえ私は段階を踏んで、自我を忘れほとんど無意識に、自分はムスリムなのではないかと感じ初め、やがて自分がムスリムであるいうことに気づいたのだ。ただ、最後の一歩を踏み出すことだけが残っていた。正式に改宗を行うことだ。

そして今現在、私はムスリムなのだ。私はたどり着いたのだ。

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